両うどんのヘラブナ釣り

ヘラブナ釣りで人生を楽しんでいる日曜釣り師です

常時50枚の釣果と大助を釣り上げるために

 淀の釣り天狗池 紹介 その1

 今回は、「淀の釣り天狗池」についてご紹介します。ネットでは詳しい情報が載っていませんので改めてご紹介します


          〒613-0024 京都府久世郡久御山町森大内26
                
淀の釣り天狗池
                    075-631-2653



 京都府の西南部の久御山地区にあるヘラブナ専用池として運営されています。


 京都市内からも近く高速道路のインターチェンジからも近くて、大阪方面・滋賀方面・京都北部からは、名神高速道路・京都縦貫道からは「大山崎」を出て京滋バイパスの側道を進みます。
 滋賀県側からは京滋バイパスの久御山淀インターチェンジが便利で西向き出口と東向き入口が最も近いインターチェンジとなります。(ここからは数分で到着出来ます。)
 共に京滋バイパス側道を走り「北川顔」の交差点を北上し、宇治川に掛かる淀大橋を超えた橋の北詰の堤防を右折し3筋目左に降りると池に着きます。


 駐車場も比較的広く完備されているので、釣り場に入れないくらい人が押し寄せない限り駐車に困ることはありません。


 釣り天狗池は、うどんの底釣り専門池で、両針とも底に着いている事、団子禁止、宙づり禁止となっています


 池は、小池と大池に別れています。(写真左側が小池、右側が大池)


 
使用竿
 小池 7尺以上12尺まで
 大池 7尺以上15尺まで 最奥は7尺以上8尺まで
 長竿はそれぞれ規定があり、小池が12尺、大池の広い場所では15尺、奥の狭い場所では8尺が限度となっています。


:うどん限定
 既成の食用うどん・わらびうどんが使えますが最大1㎝が限度です。


:スレ針6号まで
 スレ針であることは大前提として、6号が最大となっています。
 ただ6号との数字規定があるだけです。実際に改良スレの6号と関東スレの6号では明らかにサイズの差がありますが特に問題にはならないようです


まぶし粉
 特に規定はないようですが、池で売られているまぶし粉が有効なようです。


1枚長寸賞
 40㎝以上釣り上げた場合は、200円 100円の池で使用出来る金券(自販機にも利用出来ます)
 45㎝以上釣り上げた場合は、400円 200円の金券
 赤ヘラを釣り上げた場合は、50円の金券
 35㎝以上の赤ヘラを釣り上げた場合は、200円 100円の金券
 49㎝以上の規定もありますが、現実には居ないので賞はない思って良いでしょう


日曜大助1枚長寸大会
 毎日曜日には、大助大会が行われています。
 33㎝ 35㎝以上釣り上げ池主に計って貰うと(事務所に持っていく)、名前を告げて記録を取ってくれます。
 9月より規定が変わり、33㎝以上40㎝までは記録更新を何度でも出来ます。
 40㎝以上を釣り上げた場合は、登録するか確認され登録すると宣言すると登録魚以上のサイズを釣り上げても、先の登録のみとな
 ります。(200円の金券はもらえます)

  は11月4日の時点での変更点ですが、また変わるかも知れません


使用竿について補足
 当日場内アナウンスで尺数を厳密に指定される場合があります。それは池主催の日曜大助1枚長寸大会に参加する場合です。
 釣り料金を支払うだけで自動的に大会に参加出来るので、参加の意思表明する必要はなく、33㎝ 35㎝以上釣り上げると計りに行き記録
 を付けて貰うだけで成立しますが、参加しないのであれば特に苦情は受けないと思いますが自己責任で対応して下さい。


釣魚について
 釣れるヘラブナは30㎝程度が平均サイズとなっていますが、1日で釣れる匹数は季節に寄るよりも、その日によって違う印象が
 あります。真冬でも30匹以上釣れることも希ではなく、盛期でも30匹程度に沈む日もあります。反対に50匹60匹も釣れて多い日
 は100匹を数える日もあります。この違いはいったい何なのかと考え込んでしまうことがありますが、こればかりはそれぞれ試し
 て頂くしかないのですが、真冬でも良く動く池として有名です。
 また40㎝以上の大助が釣れる池としても有名で、1人で1日10匹近く釣り上げる猛者もいます。反対に池全体で数匹の日もあり
 ますが、誰かが釣り上げるそんな池でもありますので、真冬でもない限り細仕掛けは禁物です。



その他
 長寸賞として2ヶ月タテがありましたが、8月をもって終了しました。日曜大助1枚長寸大会も1位から10位までありましたが、こ
 ちらも1位から3位 2位までの賞金が減額されて、10位まであった家庭用品賞が5位までとなってしまいました。
 今後もルールが変更されてまた変わる可能性がありますが、その都度池主側に確認して頂くことをお薦めしますが、残念ながら池
 主の人達が誰もヘラブナ釣りをしません。ルール以外の詳しい話は聞けないと思いますので、天狗池の常連達に確認する方が早道で
 す。
 勿論、このブログで質問して頂くと知る限りとなりますがお答えします。

 ヘラブナ釣り池存続のために今何をすべきか

 ある釣り池では敬遠したい事柄がある。
 その池で主のような振る舞いをしている釣り人が存在している。我が物顔に立ち振る舞い、他の釣り人から煙たがられる釣り人だ。多分本人は気がついていないのだろうし、気がついていたとしても自分の実力といわんばかりだ。そんなところは今世間で話題になっている執行部のパワハラと良く似ていると感じる。
 池主でもないのに我が物顔で取り仕切って、場合によっては集金までする始末。池主にちゃんと渡っているのか心配になってくるが、それは多分取り越し苦労だろうが、そんな思いをさせている段階で間違っているのではないだろうか。
 まぁ池主も朝早く出て池の管理が出来ないとか事情がありそんなシステムになってしまったのだとは思うが、そんな池には私としては近寄りはしないが・・・池としても損失ではないのだろうか。
 初めて訪れた釣り人は違和感を覚えるに違いなく、もう二度と訪れないのではないだろうか。その池がOO会専用とかOO会が独占している池だなんて噂されると、ヘラブナ釣り界との表現は大げさだとしても、その地域のヘラブナ釣り師にとっては損失になっているだろう。そんな様子を見聞きしているその会の人達から、問題提起の声を上げられないのは、どこかのスポーツ界と同じ構図に見えてしまう。


 それなりに事情があってのことと思うからある程度は仕方ないとしても、益々釣り池が減っていく現状の中で、1つの池からそのような噂を聞くと勿体ないと思ってしまう。
 数少なくなってしまったヘラブナの管理池だが、最近また閉じてしまった池がある。釣り人も少なくなっていたのも事実だが、池主側も高齢となり池の維持管理が出来なくなってしまったとは思われるが、釣り人側もその点を配慮していつまでも続けられるような池に育てる必要がある。
 だがヘラブナのベテランといわれる人達は40年50年選手だ。昔懐かしいく繁栄していた池の印象を持ち続けて、もっと釣れるようにしろとか、池の水を綺麗にしろとか好き勝手なことをいう。互いに高齢化を考慮して譲り合い、池の管理にも尽力するような事が出来ないのだろうか。


 1つの提案としては、池の桟橋補修や清掃、草刈りなどにも釣り人が手伝う。そんな関係が池主側と持てれば維持管理も少しは楽になるのではないだろうか。全て池主側に押しつけてしまうのはどうしたものか。確かに釣り料金を払っているとの意識はあるだろう。わたしは客なのだ!との意識も強いに違いないが、お客様は決して神様ではないのだ!。互いに助け合って池の維持を願う姿勢を見せる必要があるだろう。
 その為には池主側も歩み寄り、池主催の釣りクラブや釣り池に対する互助会のようなものを立ち上げるのも方法だろう。釣り人側にも有利になるために、互助会に参加すると回数券や年会費制度の得点が得られたりと、良い関係が築けるのではないだろうか。
 釣り池の維持を主目的とした会を発足させて、池主側の意見と釣り人側の要望を話し合い、いつまでも釣りが楽しめる池の存続こそが釣り人の願いではないのだろうか。

 ヘラブナ釣りの撒き餌禁止は「ヘラブナ道」に繋がる

 ヘラブナ釣りでは撒き餌を禁止している。これはどうしてなんだろうと疑問に感じたことはありませんか?
 今流行のルアーや鯛ラバのような疑似餌を使う釣りは別として、海でも川でも撒き餌をして釣るのが当たり前のはずで、誰も咎めたりはしないし積極的に撒き餌を推奨し、どんな配合が良いとかどのように撒き餌を撒くと効果的だとか、団子にすると撒き餌が持続するとか、喰わせ餌を団子に包んで落とし込むと釣りたい層に餌が届けられるとか、魚を釣り上げるために撒き餌は当たり前の行為だったはずだ。
 それが唯一といって良いと思うが、ヘラブナだけは禁止行為となっている。これが管理釣り場や釣り堀だと話は早いが、野池ですら撒き餌をすることなく釣っている。これはどうしてなんだろう。いつから出来た文化なんだろうと思ってしまう。
 うどんの底釣りでは、上から撒き餌を撒くとヘラブナを上ずらせてしまい全く釣りにならないから、釣法として撒き餌をすると釣れなくなるので撒かないのは当然だとしても、ペレット状のまま池に撒くと底に沈むので良く釣れる。
 実はこの経験が私にはある。時期は忘れたけれどある釣り堀で当たりすら出ないことがあった。釣果もせいぜい一桁程度だったと思うが、隣の釣り人が言い訳のように「私は釣行が終わったら餌を撒いて帰ってと頼まれている」とストックされている養殖用のペレットを撒きだしたのだ。それも浮きをめがけて・・・ついでのように私の浮きをめがけても撒いた。すると習慣のようにペレットを食べているヘラブナが寄ってきて、浮きにも当たりが出て釣れ出したのだ。まさに撒き餌効果は絶大と感じたのだが、なんかやりきれない虚しさを同時に感じたのだが、その虚しさは身についてしまった撒き餌禁止の法則があるためだろう。


 これが他の魚を相手だったらどうか。撒き餌効果だけで釣りが成立するサビキ釣りがある。アジやイワシなどアミエビを網に詰めて撒く。狂ったように食べているところに疑似餌が上下して喰わせてしまう。撒き餌が切れると疑似餌を上下しても全く見向きもしない。撒き餌なしでは語れない釣法だろう。
 淡水でも針の根元に金玉の着いたサビキがあった。一番下に鉛の着いた金属の籠にサナギ主体の撒き餌を詰めて上下すると面白いように釣れたものだ。
 磯での釣りは、オキアミを撒いてグレや黒鯛を相手にしている。紀州釣りのように団子に包んで餌を落とす方法もある。生きたエビを撒いてスズキ釣りを成立させることもあった。
 船の鯛釣りでも、舟の上から直接海にオキアミを撒いて、オキアミを着けた針をリールをフリーにして潮に乗せて出していき、100m以上流している針に食いつく鯛を釣り上げる。水深の深い海の底に撒き餌の入った袋と共に針を沈めて待つ釣りもある。


 このように基本撒き餌で寄せて釣るのが釣りの基本スタイルだろう。


 それがヘラブナになると、上からの撒き餌は禁止だが、針に着けた団子を何度も打ち返して寄せることはOKとなっている。つまり方法は違うが撒き餌をしているのは間違いない。ではどうして上から撒くことが禁止で、針に着けて撒くのは禁止ではないのだろうか。
 ヘラブナにはカッツケ釣りというものがある。ほぼ水面に浮かせてテンポ良く釣る釣りだ。これなどはまさに水面に撒き餌をした方が早いはずだが、この場合も針に着けて撒き餌を続ける。このルールはとても不思議ではないだろうか。
 撒き餌をしない理由として上げられるのが、ヘラが寄りすぎて釣りにならない。ヘラ以外にジャミを寄せてしまう。釣る棚が一定しないなどでしょうか。
 ヘラが寄りすぎるなら途中で撒き餌を止めるか少量ずつ撒き続ければ良いだけ。他の釣りでも闇雲に撒き続けることはない。磯で撒き餌をしていても、本命より餌取りの方が多く集まってしまいます。釣る棚だって磯の宙づりでは、浮き下を変えながらまたは潮に乗せて浮遊させて釣ったりと、それなりの工夫をして本命に餌のついた針を届けようとする。
 ヘラブナだけが違うとは到底思えない。底釣りだとしたらペレットの撒き餌をするとヘラは下に集まるので釣る棚なんて気にしなくて良いことになる。一定の場所に留めるためとの言葉も良く聞くが、ヘラブナを同じポイントで釣っていて当たりが止まると、少し離れたポイントを餌を打つと直ぐに当たりが出ることがある。これなどは同じポイントに餌を打ち続ける方が良いとの理由を打ち消していることになる。


 やはりここに感じる撒き餌禁止は、釣れればいい、数多く釣れればいいとの釣果至上主義が受け入れられない。つまり「静の釣り」としてのヘラブナ釣りの美意識から生まれた感覚が、撒き餌禁止に繋がったのではないだろうか。
 心静かに浮きを見つめ静かに合わせて取り込む一連の流れに、武士道にも似た日本人的感覚の美意識が確立したのではないだろうか。
 そんな取りスタイルこそうどんの底釣りで求める「ヘラブナ道」のスタイルと思うが如何だろう。

 うどんの底釣り 関西風 その6ー5

 うどん餌が用意出来た、まぶし粉も用意出来た。仕掛けも自分なりに用意出来た。では次に何が重要なのか。
 基本的に団子釣りとの差はない。餌がうどんで底釣りというだけだ。だが団子の宙づりに慣れている人は、うどん釣りの当たりに反応出来ないのではないか。
 団子釣りでは、宙でも底でも浮きが動く。先ずは浮きが落ち着き徐々に餌が溶けて浮きが上がり出す、ヘラブナやジャミが寄っていると仕掛けの近くにいるので否応なしに浮きが上下するが、基本的に浮きの動きの中で当たりを待つのことになる。
 餌を振り込み浮きが落ちついてから餌が溶けて、徐々に浮きが上がりだして餌が完全に落ちる前にツンと押さえ込むのが基本パターンだとすると、合わせるタイミングがつかみやすいように思う。


 この一連の動きが団子釣りだとすると、うどんの場合は、餌を打ち込み底に餌が落ち着くと、そのまま浮きも動かずじっと待つことになる。ジャミがいると浮きも動くが基本的に餌は底についたまま徐々に浮き上がることはない。そのまま待っていると突然ツンと当たりが出る。これに反応出来るかどうかで釣果が決まる。
 武士の居合抜きよろしく。静止状態から一気に動く必要があるので、合わせが遅れるとスレになるし、合わせを見送ってしまいアッと思っている間に浮きはまた静止状態に戻ってしまう。続けて当たることは案外少なく、そのまま待ち続けるより打ち返した方が早く当たりが出たりする。


 このツン当たりは0.2秒とかいわれるが現実的には1秒近いと思う。但し浮きのツン当たりを目で追い、脳が食い当たりと判断してから手に合わせるように指令を出し、竿を煽ってその動きが道糸からハリスまで連動させる時間も必要だ。この一連の動きは余程のことがない限り1秒以上掛かることはない。
 この一瞬の動作は、慣れないと大合わせになってしまい仕掛けが絡んだり、運良く針掛かりしても合わせ切れをおこしてしまう。道糸に弛みがないことも絶対条件で穂先から浮きまでは一直線である必要がある。勿論道糸は水中に沈んでいることも条件に入る。
 うどんの底釣りの場合、静止状態が続くために当たるぞ当たるぞと待ち構えて、合わせのタイミングを計ることが難しく、あるとき突然訪れるツンと当たるが、タイミング良く合わせが決まるとなかなか気持ちいい、それも真冬の黒線程度の当たりを決めるとどうだ!と誇らしくなってしまうから大人げない(笑)


 そんな突然にやってくる当たりを取って釣り上げるヘラブナ釣りは、まさに「道」とも言えないだろうか。
 自分なりの細かい拘りと仕草で作り上げる「ヘラブナ道」。そこには数多く釣れたらいいというものは存在しない。道具を整理して身ぎれいにして精神統一よろしく静止時間を楽しむ。大声での会話も相応しくない。シーンと静まりかえった釣り場で静かに静かに闘志を燃やしヘラブナと対話する。釣り上げるヘラブナも静かに暴れさせず静かに寄せて、静かにすくい上げて針を外しそっと池に戻すこの一連の動き。これこそ関西風うどんの底釣りの真骨頂と言うべきものが出来上がる。
 この面白さに大人の楽しみ方があるのではないだろうか。だが反面若者が手を出さない釣りでもある。ルアーのおしゃれ感はどこにもない、ファッションも到底ファッショナブルとは言い難い、真冬に羽毛のスカートをはいている図もなんか恥ずかしい、羽毛の上下に羽毛の靴下でまん丸になっているのもファッショナブルとは言い難い、それこそ汚れても大丈夫という昔の釣りスタイルなのだから仕方ないが、苦みが理解出来る大人の味覚と同じように、いつかは静の釣りも理解出来るようになると思うが、鮒釣りの入門だった野池や小川が減り、親と共に釣りを楽しむ子供も減っているのだろう。一人でもヘラブナ釣りの楽しみ方を理解してくれるといいのだが、管理池も年々減っていく現実にいつしか消える運命がヘラブナ釣りなのかも知れない。

 淀の釣り天狗主催 日曜大助1枚長寸大会 曇り一時雨のち晴

 前日からの雨の影響か当たりが遠い一日だった。そんな中でいつも大助を釣っている人が時間前に45㎝以上を釣り上げる。どうしていつもいつも釣れるのだろうと不思議に思うが、開始前にも40㎝オーバーを釣り上げて見せたが、大会開始後には残念ながら測れるサイズが釣れなかったようだ。
 私自身もスタートの合図までにはたった3匹しか釣れず、どうなることかと思ったが、程なく38㎝が釣れ続けて39.6㎝が釣れてトップに立った。だが先週トップになった竹市さんが42㎝で連続トップ。ああ2位かと思っていると時間ギリギリに41.8㎝を釣った菱田さんが2位となり結果3位に沈んでしまった。
 私は30匹を数枚超える程度釣果だったが、今日は池中での釣果は伸びなかったのではないかと思われる。向かいに入っていた釣り人達を見ているとそんなに上がっていないように思われたが、横並びに入られていたのが原因だったのかも知れない。
 これから徐々に水温も下がって行くので、前日や当日の天候にも左右されるように思われるが、そんな中でどのようにして釣果を伸ばすか。工夫を凝らす必要があるだろう。



 今回は、久しぶりに15尺の竹竿を1日中使っていたためか肩こりが酷い。腕の負担は少ないがカラツンを合わせるとそれが堪える。少しでも軽い竹竿に替えると楽になるが、サイズが良いと寄せに時間か掛かって困る。ってことで腰の強い竹竿にすると、大助でも簡単に寄せられるのだがこれが疲れる。
 それれでも竹竿を使うのは、1匹多く釣るよりも釣り味が断然良いからだ。ヘラの動きが手に伝わり、カーボンのようなビンビンとした伝わり方でなく、生き物が動いていると感じられるのだ。表現が難しいが、ヘラブナの動きがわかるといえばいいだろうか。
 まだ元気が良いとか、横を向いているとか、下に突っ込んでいるとか、まさに動きが手に取るようにわかると言えば良いのだろうか。
 15尺を超える竹竿の長竿は1日使うには辛いものがあるが、12尺や13尺で楽しむと身体的負担も少なく1日楽しめると思います。ただ短竿は竹の良さは余り感じないと個人的には感じています。まぁ感じ方は人それぞれですから竿に何を求めるかですが。。。
 さて来週はどんな釣りになるのか、再度工夫をして楽しんでみましょうか。