ヘラブナの釣り堀で、底釣りをしていた時に良く感じるのですが、1投目や2投目から浮きが動き、1投目から釣り上げる事が出来る日があります。そんな日に限って当たりが続かないのです。これはいったいどうした事なんでしょう。
1投目から調子よく食い当たりが出て、2投目も3投目もカラツンになったとしても、食い当たりを返してくるときがあります。今日は調子が良いぞ!!とほくそ笑むのですが、決まってその後が続かないのです。
このほくそ笑むの「ほくそ」とは、笑いの表現ではなくて、漢字で書くと「北叟笑む」と書くのですが、あの有名な故事である、「人間万事塞翁が馬」から来ています。簡単には塞翁が馬と表現しますが、北叟は北の老人という意味でこの塞翁のことです。
この塞翁が笑ったってことですが、塞翁が馬の意味として、馬が隣国へ逃げたのに名馬を連れて帰ってきた。その名馬に乗った子供が落馬して足を折ってしまいます。その名馬を使って戦争をしたものは戦死してしまいます。足を折った子供は兵役を免れ死なずに良かったと、悪い事があってもきっと良い事があるとの意味です。
つまり良いことがあっても悪い事があり、悪い事があってその次にも悪いことがある。しかし悪いことばかりではないと・・・。どっちやねん!!
釣り始めに良い調子で釣れると、決まって後が続かずにカラツン地獄に陥って、その次には当たりが止まってしまうのです。反対になかなか当たりがなかなか出ない日に、やっと当たりが出だしてからは、調子よく釣り続けられる事もあります。
ってことこの場合は、塞翁がへら?(笑)
ヘラブナ釣りをしていても、貧果に陥る日もあれば、爆釣を演じる日もあると・・・ホンマかいな!!
この場合の塞翁は誰を指すのかなぁ・・・。確かに世間的には私自身が翁の部類です。60歳を超えるとおじいちゃんと紹介されてしまいます。私自身おじいちゃんと言われるのは嫌いではなく、世間ではジージやバーバと呼ばせているようですが、おいじいちゃんやおばあちゃんも、単なる関係性を示す単語であって、まさに名称に過ぎないのです。
おじいちゃん、ジージ、ジジーと言い方を変えても同じ意味なんですからね。
そういう意味では、禁止用語が多数ありますが、どんなに言い換えたところで、意味は同じです。そこに悪意があるかないとかは、聞いた側の感覚でしかないはずです。
例えばその昔に目の見えない人を「めくら」と言っていました。今では目の不自由な人または目に障害がある人といいますが、丁寧な表現をしたとしても意味は同じです。あくまでも受けた側の感覚で、丁寧な言い回しでも不快に感じる人もいるはずです。
この「めくら」を利用して「めくら判」と、確認せずに判子を押す意味に使われますが、他に盲判との表現もあります。これらの言い換え言葉はあるのでしょうか。目の不自由な判なんて言うわけがなく、未確認印とでも言わせるのでしょうか。
今日のブログは脱線しきりですが、当たりが続かないジレンマが、話を横道にずらせているようにも感じてしまいます。(笑)
でもね・・・カラツンの多い池は、底の状態が良くない池に多いような印象を受けます。特にヘドロが溜まっている池で、尚且つでこぼこがあるようなポイントで、カラツンが頻発するように感じています。
というのも、カラツンが多い日にスレ掛かりすると、口の周りに掛かることが多いからです。つまり餌を目がけて寄って来ているが、上手く餌を食えない状態になっていると想像できるのです。
そういう意味では、少しでも底が安定していて、ヘドロが少ないポイントを選ぶ事ではと思うのです。その差がカラツン率の差となって現れているような気がします。
最後に笑うのは誰か。カラツンが続いても、尺数の変更などでカラツンが克服されると、まさに塞翁がへら(笑)・・・っことで・・・・
でも当たりが出だしてからカラツンになり、そして当たりが止まってしまう場合の対策は、何をどのようにすれば良いのでしょう。それが解決できなければ、塞翁がへらにはなりそうにないですね。