両うどんのヘラブナ釣り

ヘラブナ釣りで人生を楽しんでいる日曜釣り師です

常時50枚の釣果と大助を釣り上げるために

 ヘラブナ釣り 暗いと不平をいうよりもすすんであかりをつけましょう

 この表題は私の座右の銘です。別にカトリック教徒ではないのですが、至極ごもっともと思いますので、座右の銘として使わせていただいています。
 この標語は京都にある三条カトリック教会のこころの灯火運動で称えられているものです。



 このところ夕暮れが早くなってきましたが、部屋が暗くなった時に単に暗い!と文句を言っていませんでしょうか。暗い!と文句を言っては奥さんが明かりを付けているのではないでしょうか。暗いと感じたのであれば自らが進んで明かりを灯せば良いはずですが、どうして誰かにさせようとするのでしょう。


 これは何も明かりの問題だけではなくてどんなことでも同じで、喉が渇けばお茶!と奥さんに告げてないでしょうか。喉が渇いたのであれば自分でお茶を煎れても良いではないですか。


 風呂に入りたければ自ら湯を張れば良いじゃないですか。下着を替えたければ自分で用意すれば良いだけです。


 しかし多くの場合は文句だけ言って自分では何もしない方の多い事に気がつきます。これがヘラブナ釣りだとするとどうでしょう。釣れなければこの池は釣れないとレッテルを貼って、それこそ池主に文句を言う人まで現れますが、釣れないのであればどうすれば釣れるだろうと工夫をすべきであって、この池は釣れないと決め付けることではないはずです。


 もし自分の釣り方に絶大なる自信を持っているのであれば、その言葉には裏付けがあるのでしょうが、私のような初心者では自分の腕を疑いますので、どこをどのようにすれば釣れるのだろうと考えるのです。


 多分名手と言われる人たちは、名手と称されるまでには人知れず努力を続けられていたはずです。その結果として工夫の引き出しが多数あり、その場その場で工夫して答えを出す事で、毎回良い釣果に恵まれる釣り方をされているのだと思うのです。


 何がどのように問題があり、どの点に工夫の余地があるのかを常に謙虚に取り組む姿勢が、そのまま釣果に繋がるのではと思っています。


 私の場合は底釣り専門ですが、色々な工夫をしてもなかなか良い結果にならない時に、何のことはない再度床を取り直すだけで、良い当たりが出て釣果が望めるなんて事があるのです。


 最初に確認したので大丈夫との思い込みが問題で、底が掘れる場合もありますし、池の水位が変わって水深に変化が起きる場合もあります。私の良く行く釣天狗池では底は掘れにくいのですが、水位が変わる場合があるのです。そのため水位の目安を決めておきそこを確認するだけで、水深が変わったことを知ることも出来るのです。また仕掛け糸の伸びもあるかも知れませんね。
 勿論浮きがズレるなんて事もありますので、浮き下は常に確認することは忘れないようにすべきです。


 釣れない時に文句を言ったところで釣果には繋がりません。やはり謙虚に受け止めて何をすれば良いのか、長年の経験があったとしても再確認するのも良いのではと思います。


 しかし出た答えが次の釣行には当て嵌まらないなんて事が多々起きますので、何時まで経っても悩まされ続けています。表題が私の座右の銘といいましたが、その前までの座右の銘は一歩前進でした。一足飛びには結果は得られませんのでコツコツと階段を上るような積み重ねを心がけていたのです。


 ただ黙っていても明かりが灯されるような、それこそどんな釣り方をしようが自動的に釣れてるような池は全く面白くはありません。


 そうそう会運営で面白くないと文句の声が聞こえたりしたことはないでしょうか。幹事役の人がアレコレ工夫したり準備をしていても、ああだこうだとクレームじみた声が聞こえる場合があるでしょう。もしあなたがそのクレームを言っているのだとすると、自ら準備をして改善すれば良いだけです。クレームを付けて誰かに改善して貰おうなんて思わないことです。
 またクレームを付けられている当事者だとすると、クレームを言っている人にではお任せしますので全て段取りから大会準備までして下さいというべきです。


 私が所属している天釣会では全くそんなことはないのですが、以前釣りとは関係のない団体に所属していたときは、会が面白くないという人には自ら面白い工夫をして下さいと伝えていました。ああしたいこうしたいとの要望が出た場合も、ではその準備をして下さい、またその企画を提案して下さいと伝えました。当然それに裏打ちされた予算の計上も含めてです。


 また何の準備もないまま改善点を指摘された方がいます。その場合も私がしますのでこのような改善をするのはどうでしょうと、自ら進んでその役割をして下さいとお願いしました。誰かがするからなんてことは無責任です!としっかりと釘を刺していました。


 クレームをいう前に自らが進んで改善も出来るのですから、その団体に所属していたときの私が書いた標語は、「私が手本といえる行動をしよう」でした。もう一つの団体では短く「私が手本」としましたけど・・・勿論それは私自身が手本ではなくて、それぞれ皆さんが私が手本となるような行動をしましょうって意味でしたが、門川京都市長に私が手本とはなかなか言えないとからかわれたことがありましたが(笑)。これは釣りの団体でも同じだと思うのですが・・・如何でしょう。


 そういえば自動車は自動でスモールランプからヘッドライトまで点きます。自動でワイパーが動きます。アクセルペダルを踏まなくても一定速度で走り続けますしハンドルもレーンをキープし続けます。それこそ完全自動運転になると、車に乗る意味合いも変わってくるのでしょう。
 そんな自動車では運転する歓びは感じなくなってしまいます。そのためでしょうか若者の自動車離れが起きているのです。その結果セダンタイプやスポーツタイプの車が減り、ワンボックスやSUVの形状ばかりになってしまいましたが、便利さと引き替えに運転する楽しみを感じなくなってしまいました。


 釣りの会も同じです。自らが楽しい会運営に参加してこそ、楽しい会が続けられると思うのです。天頂会は会費を徴収していませんが、毎回皆さんが差し入れを持参してくださいます。何か持ってきて欲しいと要望したことはないのですが、率先してお菓子や飲み物を持参して頂けますが、それはこの会を楽しい会にしようとする現れではないでしょうか。


 会員の減少が続いている釣りクラブもあると思いますが、会員に不満が多かったためでしょうが、会を運営している人には責任はなく、その不満を抱えていた人が率先してよりよい方向に導かなかったためでしょうに実は責任があったのです。人任せにしているから何時まで経っても楽しくも面白くもなく、会を辞めてしまう事になったのではないでしょうか。改善点を提案して自らが率先して動くことで、いくらでも楽しい会に出来たはずだとおもうのです。


 今からでも遅くはありません。自ら率先して動くことでよりよい方向に導く努力をすれば、会も存続出来るはずですし会員も増えていくのではと思います。ただいつもいつも腕の良し悪しを争っていては、やはり初心者は居づらくなってしまいます。初心者でも参加出来るような企画が出来れば、新しい会員も寝ずいてくれるように思うのですがいかがでしょう。


 私は率先して幹事役をしていますが、常にどうすれば楽しく出来るだろうと考えています。見ず知らずのものがヘラブナ釣りを通して知り合えた人たちですから、雰囲気を壊さずに楽しくヘラブナ釣りが続けられる仲間でありたいと思っています。腕の良し悪しも関係なく大会が開催出来るようにするには・・・。


 次回の70回記念大会には新しい企画を用意しています。偶然今年最後の12月大会と重なりましたので出来る企画ですが、これもまた皆さんが参加を続けて頂けたからです。


 いずれにしても「暗いと不平を言う前に自ら進んで明かりを灯しましょう」です。