両うどんのヘラブナ釣り

ヘラブナ釣りで人生を楽しんでいる日曜釣り師です

常時50枚の釣果と大助を釣り上げるために

 ヘラブナ釣り 釣り池に感謝を忘れずに

 釣り堀では死んでしまったヘラブナが水面に浮かんでいることがあります。それを見つけた池主は網ですくっては桶に入れていきます。その後どのような処理をしているのでしょう。まだ聞いたことがないのですが多分土に埋めて折られるのではないかと思いますが、処分はどのようにするのだろうと考えてしまいます。


 自宅で飼っている金魚や熱帯魚が死んだ場合はどのように処分されるでしょうか。犬や猫であれば火葬という方法もありペット墓地なども用意されていますが、流石に金魚の火葬なんて聞いたことがありません。


 まだ金魚程度の小型サイズであれば、庭に埋めたり生ゴミとして出すことも出来るでしょうが、鯉などの成魚になると70㎝80㎝にも成長しています。そんな大型サイズになると庭に埋めたとしても匂いの元になりかねませんし、腐敗すると菌の発生などあまり良いとは思えません。


 では河原や川に流してしまうのはどうかというと、実は廃棄物の処理及び清掃に関する法律によって禁止されているのです。ということは自治体に持ち込んで処分して貰う事になるのではと思いますが、もう少し小さいサイズの場合は生ゴミとして一般ゴミ扱いできるのです。


 また小型サイズだとしても輸入された熱帯魚などは、日本では生息していない菌やウイルスを持っている可能性がありますので、庭に埋めることもやはり危険だと思います。日本で売られている熱帯魚のほぼ100%は東南アジアで養殖されたもので、ほんの数パーセントだけは現地採取の原種といわれるものがいますが、それこそアフリカやアマゾンで採取されていますので、どんな菌やウイルスを持っているか見当が付きません。


 一般ゴミの良いことは高温で焼却されるのでそれらの細菌なども死滅するので、やはり埋めたりしないでゴミとして出すのが正解でしょう。


 では釣り堀などで死滅したヘラブナはどうするのかですが、この場合も一般ゴミではなくて産業廃棄物とされますので、専門業者に依頼して処分して貰うのが本来です。ただ何となくですが池の近くに穴を掘って埋めているのではと思うのですが、これも廃棄物処理法によって埋めることは禁止されているのです。許可された埋め立て処分場のみ埋めることが出来るのです。


 ヘラブナの死骸はそれこそ異臭というか悪臭というかとんでもなく臭いのですが、それを処分して貰っているだけでも大いなる感謝をすべきで、釣り客は当然のように死骸の処分は池主がして当たり前のようにふるまいます。私的にはいくら商売だとしても感謝しても怒ることはないと思うのですが、どこかお客様は神様ですとう変な思い込みが高圧的にふるまってしまうのでしょうか。


 客は決して高位にいるものではなく、正当な対価を払うことで適正なサービスを受けることで成り立ちます。それがあたかも当然の権利のような振る舞いには閉口してしまうのです。決してお客様は神様ではないのです。


 そうそう釣り堀では池の中程にトイレが用意されているところがあります。釣り人にはとても便利ではあるのですが、後の処理はどのようにされているのだろうと思ってしまいます。元々池にトイレを設置するようになったのも釣り人の行儀の悪さからで、トイレまで行かずに池にそのまま放尿する輩がいたためで、少々遠くてもトイレに行くべきだと思うのですが、それが我慢できないのかなんだか知りませんが、余計な負担を池主に強いていると感じてしまいます。
 実際近年でも立ちションしている恥ずかしい輩がいますが、まだそんなところに昭和が残っているのでしょうか。
 それよりも座り続けて釣りをしていますので、エコノミー症候群にならないためにも歩くことはとても重要なんです。


 振り返ると日本でも40年50年前では水洗が全て完備していたわけではなく、畑には肥料ようの野ツボなどもありそこに填まってしまう子供達もいたのですが、今では水洗トイレが当たり前になっている時代です。それが未だに水洗完備がされていない釣り堀もあります。下水完備されていないところでも浄化槽を設置するだけで解決できるのですが、釣り人人口が減っている今となっては望み薄でしょうか。


 だとしても利益率がどの程度あるのか知りませんが、そのまま釣り堀を続けていただけるかどうかは心許なく、閉鎖されるとどうしようとついつい話し合ったりしていますが、結果どうしようもないんですから・・・時代に流されるしかないのでしょうか。


 何れにしても1日でも長く釣り堀の営業を続けていただけるようにするには、高圧的な客は必要なくやる気のない池主も必要がない。主客一体の精神で営んで頂ければと思うのですが、池の経営が成り立ち釣り人も楽しめるようにして、いつまでも楽しませて頂きたいですね。


 そうそうこの池は釣れない!と池主にクレームをいう釣り人がいるようですが、もし本当に釣れない池であれば釣り人は行かなくなってしまうでしょう。そこでどうして自分だけ連れないのだろう、どうすれば釣れるだろうと考えるのが釣り人の本来の姿で、池主にクレームをいうものではないと思うのですが、クレームではなくて要望や改善案を提案して、釣り人と池主と共になって池の存続を願うべきではと思うのですが、要望が高圧的だったりしますので・・・何度も程々ですね。


 主客一体とはお茶の世界で語られるのですが一座建立との表現もあります。一期一会は有名な言葉ですが、興味のある方は調べてみて下さい。