両うどんのヘラブナ釣り  天釣会のブログ

京都「淀の釣り天狗池」のヘラブナ釣り愛好会

京都 淀の釣り天狗池

 真冬も待ちの釣りはできず

 水温が下がってヘラブナの動きが鈍くなって来ると同時に、浮きへの反応も減って来ますので自動的に待ちの釣りが強いられます。
 周りを見回していますと、日頃からじーっと待っている人を見かけますが、ヘラブナ釣りとはそんな待ちの釣りをするものなのでしょうか。ベテラン諸氏にも多く見かけますので、それが普通のことなのでしょうね。もしそれこそがヘラブナ釣りだとするなら、私には合ってない釣りなのかも知れません。


 元々物心ついた頃から近くの小川や野池で釣りをしていました。オヤジに琵琶湖まで連れて行って貰ったこともありますが、小学生の頃は親の目を盗んで近くの宇治川や野池で釣り糸を垂れていました。
 暗くなって返ってきては大目玉を食らっていましたが、またそーっと隠れて釣りに照っていたものです。


 中学になると釣り仲間で釣りクラブを作り、大物賞のバッジを帽子に付けて喜んでしました。自転車で琵琶湖まで遠出をしたりと釣りを重ねていたのですが、じーっと待つような釣りをしていた記憶がないのです。
 川では仕掛けが流されていきますので、川上へ常に打ち返す動作を繰り返していました。野池でも小鮒や亀にザリガニと何らかの反応が繰り返しあったものです。
 その後鯉釣りや釣り堀の鯉に填まって、毎週のように大釣り賞や大物賞を獲得しては喜んでいたものです。その後鮎の友釣りや海の筏でのチヌ(黒鯛)釣り、磯のチヌ釣り、そして舟に乗って電動リールを駆使して大鯛釣りと続きましたが、舟に長時間乗るのが面倒になると、陸からスズキ釣りへと変更して気楽な釣りへと移行していきました。
 海に到着して誰も釣りなんかしていない湾の奥の奥ところや工業地帯の埋め立て地、神戸港の埋め立て地も真夜中に車を横付けしては、大物のスズキが釣り上げる事が出来ていました。いつもそんなところを探し出しては連日釣果に結びつけていた記憶があります。
 それこそ今夜は何が食べたいかな?ってことで釣魚を決めるほど、東奔西走していた時期もありました。
 早春には渓流のイワナやアマゴを追いかけて山奥へと入り込んでいたのですが、道を塞ぐ程の崖崩れや谷に攻め入りすぎて這い上がるのも難しい所にまで降りてしまい、死の恐怖を感じる事もあったのですが、それに懲りてからは渓流もご無沙汰となり、次は渓流魚のフィールドでオシャレにフライ釣りに興じる事となっていきます。
 その他気楽なサビキ釣りや投げ釣りもありました。石鯛釣りにも入口だけ囓って辞めてしまいましたが、あの高価さは旦那衆に任せるのが宜しい!
 このように多数の魚を相手に楽しんでは来たのですが全て待ちの釣りではなく、いつもいつも攻め続ける釣りを展開をしていました。


 ある切っ掛けでヘラブナの世界に戻ってくることになったのですが、40年ほど前に1度ヘラブナの世界をのぞき込んだことがあったのですが、あの繊細さと静かさを見かけると私には無理!と手を引いていました。
 敬遠していたヘラブナ釣りでしたが、ある意味では中毒性の高いヘラブナ釣りに舞い戻ってしまい、追い着け追い越せと毎回苦労してしまうことになってしまうのですが、今までの多種雑多な対象魚を相手にしていましたので、色々な経験から次の一手を考え出しては試してみて、これは駄目となることが多数ありましたが、少しずつそげ落とす作業を今でも続けています。


 ただ未だに贅肉たっぷりの釣り方は、まだまだ洗練されていく必要があります。ただその時期その時期に合った対応があるはずで、それが未だに見つけられず暗中模索を繰り返しています。
 ですが全ては攻めの釣り方であるのは間違いがないのです。じーっと浮きに変化が出るまで待つ事は性格上出来ませんので、なにがしかの動きを続けたいのです。その結果が浮きへの触りとなり、ツンとした当たりを返してくれることに結びつける必要があります。
 先ずは触りを出す。そこにたどり着かなければ責めようがないと思うのですが、その触りを出すための工夫もあるはずです。
 先日の清風池では、余りの静けさのために攻めを組み立てる余裕がなかったのは、私の素人さそのものでしょう。触りがないからこそ如何に触りを出させるかとなるはずですが、先日の私は触りを出してから食わせようといつもの調子で攻め続けたのですが、全く攻め切れていなかったのです。


 釣行池のせいにするのは簡単なことですが、どこへ行こうが釣果を見る事が腕そのものでしょう。
 いったい何をすべきか、攻めにばかり気を取られて1投多く餌を打ち事ばかりに集中してしまいました。ベテラン諸氏は、そんなときでも静かに竿の尺数を変えて攻めていきます。
 わかっていたことなのに、以前の記憶が邪魔をして竿の交換へと積極的に動けずにいました。仕掛けの変更も浮きのサイズダウンも針のサイズを落とすこともハリスを細くすることも出来ずにいました。
 それでいて打つべし打つべしと餌を打ち返し続けていたのです。自分ではそれを攻めの釣りと思い込んでいたフシがあります。
 攻めは餌を打ち返す事だけでなく、攻める道具や仕掛けにまで手を加える事で、攻めの釣りが成立していたはずです。


 何か忙しくし続けていることが攻めでは決してありませんが、他の人が次の一投を打ち返す間に何回打ち返せるか、そんな釣りを続けています。


 真冬だとしてもヘラブナは答えてくれるはずです。答えてくれないのは池のせいでもヘラブナのせいでも池主のせいでもないのです。
 自分の組み立て方が間違っていると思って、少しの時間だけでも冷静になり。もう一度初めから組み立て直す。その余裕が真冬の釣りも成立させてくれるのではないかと思います。
 そうそう!!真冬の釣りだからこそ床休めが有効なのは間違いないのです。せっかく寄ったヘラブナを散らせると思いがちですから、どうしても打ち続けてしまうのですが、数分の床休めが次の釣果に結びつく経験は何度もしていますので、次の日曜日は意識して床休めを取り入れながら、またも打つべし打つべしと攻めていくことにしましょう


 その結果週明けを気持ち良く迎えられるというものてす。楽しい正月を迎えるためにも道具の整理と共に攻めるためには何をすべきか、どこからか何もしないのが良いと聞こえてきそうですが、やはり私には待ちの釣りは性に合ってないのです。


 つぎも攻めるべし攻めるべしとなるのは間違いなく、5分なんて長時間浮きを見続けることは私には出来ない相談です
 長くても2分、出来れば1分以内で勝負を付けたいと思っています。




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