ヘラブナ釣り ポイントの見定め
自然池と釣り堀とは違いがあると思いますが、これからの話はあくまでも釣り堀での話であり、偏屈で偏見の意見として展開します。
釣り堀に於いて水中またはポイント近くに、何某かの障害物があることが重要であるのかどうかです。確かに杭など何らかの目印がある事で、1つの目安となりますので釣りやすいのもあるのですが、好ポイントとすべきかどうかについては、私的にはそれ程重要な要素ではないと思っています。
確かにヘラブナの警戒心のために、何かの物陰にひっそりと隠れている、そんなイメージがあるのですが、実際のところそれは本当の事でしょう。
確かに桟橋の下に隠れているヘラブナが多いのも間違いありません。だからルンペン釣り禁止となっているのでしょう。またプール状の釣り堀では、ヘチに集まっていることも多々あります。関西の底釣り専用池のように、波除けパイプが敷設されていると、そのパイプ際に集まっているイメージもあります。
また夏場などパラソルをセットすると、そのパラソルが作った日陰に、ヘラブナが集まってくることも多々ありますので、物陰に隠れるにのも理解できます。
ヘラブナ釣りで重要なことは、如何に攻めているポイントに集めて来るかですから、始めから集まっているポイントを攻めれば、結果として良く釣れると考えるのも人の常です。
ただ野池ならまだしも釣り堀ですから、集まっているポイントを攻めて、結果として良く釣れたとしても、その釣り方は正解なのでしょうか。
勿論元々釣り堀で釣っているのですから、放流されているヘラブナを釣るので、ズルいとの考え方ではなくて、楽な釣りを選んでいるのは間違いないのですが、だからといってその池で、より多く集まっているポイントを攻めて、ああ釣れた!!は大人の釣りとして正解なのでしょうか。
別に批判しているのではなくて、釣技を磨きその結果として良い釣果が上がるならまだしも、集まっているポイントを攻めるような、楽な釣りをして何が面白いのだろうと思ってしまうのです。
特に私のように両うどんの底釣りをしているものにとっては、底釣りの方が釣りにくいのは解っているので、それでも尚両うどんの底釣りを選んでいるのですから、より難しい釣り方を選んでいる事になります。そのため楽な釣りは面白くないと思っていますので、余計にそんな感覚になるのかも知れませんが、楽な釣りではなくて努力した結果、より良い釣果に恵まれる事を求めたいのです。
但し見えている障害物ではなくて、池の底にある障害物らしきもの、またはあるポイントである尺数が良く釣れるは、自分の経験から導き出した答えですから、それはそれで努力の結果でもありますので、釣技の1つだろうとは思っています。
見える変化のある場所は、ヘラブナが集まっていると誰でも思うポイントですが、池の底の変化など、誰でもが判断出来ないポイントを見つけ出し、釣果が良いのはまだ良いのではと・・・。屁理屈・・・どうでしょう。
ただ桟橋の下のような、常に隠れているヘラブナがいるポイントではなくて、どのような理由かはわかりませんが、その変化のある場所がいつでも良く釣れるわけではないので、その見極めや攻め方など、その日その時の工夫が必要なように、それもまた釣技の1つと思えるのです。
何となくでしかないのですが、底が平坦な場所に魚は居着き難いと思っています。何らかの変化がある事で、餌のたまり場所なのか、魚体に掛かる圧力の変化なのか解りませんが、ある程度留まるポイントになります。
しかし底釣りでも特に両うどんの底釣りの場合は、出来るだけ底が平坦なポイントの方か、的確な食い当たりが出しやすく、結果として釣果も良くなる傾向にあります。反対に底の傾斜や変化が多い池では、両うどんの底釣りが成立しにくいので、出来るだけ平坦な底を狙うようになりますが、平坦な場所が見つけられない場合や、軽いヘドロが溜まっているようなポイントでは、同じ底釣りでも餌が自由な場合は、団子餌やグルテン餌が釣果が上がる傾向にあります。
釣り方や餌など、底の状態を探る事で攻め方も変わります。何が何でも変化の多いポイントが良いとは限らず、尺数を変えて平坦なポイントを狙うのも方法ですし、反対に状況に応じて変化の多いポイントを、敢えて攻めるのも方法ではあります。
睡蓮や蓮が生えている池では、その近くを狙うような楽な釣りをするのではなくて、見える障害物から離れたポイントで、如何に寄せて餌を食わせるかなど、釣り方の工夫をすることで釣果を上げる。そんなところに大人の釣りがあるのではと思うのですが、偏屈な考え方でしょうか。
しかし人はついつい楽な方法を求めてしまいます。それが文明の進化を生んだわけですから、如何に楽の方法を選ぶかも、現代人としては必要な資質かも知れません。ということは両うどんの底釣りをしている私なんて、前人類そのものなんでしようね。
ところで前人類って現世人類の前って事ですから、初代は猿から進化した猿人、脳が発達し出す原人、ネアンテルダール人のような旧人、そして現代人のホモサピエンスとなります。ということは・・・私の考え方なんてものは猿人に近いようで・・・。
また次の休日には、なんで当たりが出ない、何で食わないと嘆いているのでしょうね。それでよく難しい釣り方の方が面白いと言えたものだと、我ながら感心するのであります。