雑談 桃太郎物語 時代と共に変遷
このところオリンピックの話題に事欠かないのですが、その影に隠れるように株の日経平均が暴落しています。もう株は縁を切っていますので気にならないのですが、政府上げてNISAに取り込んでいたようですが、資金が随分減ってしまったのではないでしょうか。
人ごとながら心配しますが、これもまた政策の失敗のような気もしますが、世界的なバランスの上で成り立っていますので、日本政府や日銀のせいとばかりにはいえないのかも知れません。ただ円の高騰を起こしていたのも、政策の問題があったともいえるわけで、景気の回復を願った政策金利ですが、結果円の暴落を起こしてしまい、輸入価格の高騰で唐揚げ店だけでなく、ラーメン店の倒産が相次いでいます。
景気回復が見えない中、金利を上げて円が高騰し株が暴落・・・大変ですね。と人ごとです(笑)。
ところでオリンピックで与えられる金銀銅メダルですが、単純金銭的価値はご存じでしょうか。金銀は殆どが銀で出来ています。金メダルは銀メダルの金メッキですから、オール金ではないんです。銅メダルはそのまま胴でニッケルを少し含んでいる程度ですが、金の金銭的価値は約15万円、銀メダルは8万円、銅メダルに至ってはなんと!!約700円です。
単純に漢族としての価値なんてたかが知れていて、やはりメダリストとしての名誉は金属価格とは比べものにならず、国によっては生涯年金が約束されていたり、住宅を与えられたりとなかなかの優遇されるのですが、本人の名誉感は他に代えがたいものでしょう。
それこそドーピングに掛からなければ、例え身体を壊すと解っていても、薬品を使ってでも金メダルが欲しいとあるアスリートは答えていましたから、スポーツ選手にとっては何物にも代えがたい名誉なんでしょうね。
そんな特段の名誉にも拘わらず、世間からは時間と共に忘れられてしまうのですから、何となく悲しいものがありますが、日本人なら誰でもが知っている立役者が桃太郎でしょうか。
鬼退治して・・・となっていますが、そんな日本人なら誰もが知っている桃太郎物語でも、実は年代によってその内容は違っているのです。
広く知られている内容は、お婆さんが川に洗濯に行くと、大きな桃の実が流れてきたので、家に持ち帰って切ってみると、中から子供が生まれたので桃太郎と名付け、成長すると悪さをしていた鬼を退治に行く物語です。
途中きび団子を与えて猿・鳥・犬が家来となるのですが、この家来にも意味があったのです。
先ずどうして桃から生まれる必要があったのか。桃は元々神聖な果物とされていて、厄除けに利用されることに起因しています。
また鬼を描くときは角と虎のパンツで描かれていますが、この絵が猿・鳥・犬に繋がります。
鬼の姿を角が生え虎のパンツをはく姿は、丑寅の方角を意味しています。いわゆる鬼門そのもので、鬼の門がある方角は牛・虎の方角のために、牛の角と虎のパンツで描かれるのです。
これに対して裏鬼門に当たるのが、猿鳥犬の方角というわけであって、何も猿の知恵とか鳥が鬼の目を突くなんてことではないのです。
そして無事鬼を退治して、鬼が奪っていた財宝を持ち帰り、爺婆は幸せに暮らしたで終わっています。
ところが現代の桃太郎物語は、猿・鳥・犬は桃太郎が鬼退治に行くときに、率先して私も行くというので、きび団子は褒美ではなくて、力の付くのできび団子をあげようとなるのです。つまりきび団子が欲しいから家来になったのではないのです。
鬼ヶ島について鬼と対峙するのですが、鳥は目を突くと失明の恐れがあるとして、鬼の手を突くだけとなります。
鬼ヶ島から持ち帰った財宝は、自分たちのものにすると横領罪となるため、持ち主に返す話しとなります。
なんというか・・・さもありなんですが、なんか違うんですよねぇ。
実は大本の桃太郎物語は、そもそも桃から子供は生まれないのです。まして現代に見る事が出来る形状の桃は無かったのです。この物語が作られた時代に合った桃は、ヤマモモだったとの説が有力で、元々の物語としては、ヤマモモの実を食べた爺婆が若返り、子作りをして生まれたのが桃太郎だったのです。
それが桃太郎物語を教科書に採用すると決まった明治20年に、当時の軍による指示で子供に読み聞かせる内容ではないとして、桃から生まれた桃太郎との内容が書き換えられたのです。
そうすると現代に我が方が桃太郎伝説の地だとするのに大きな問題があるのです。一番有力視されているのが岡山県ですが、その根拠として桃の産地である事、きび団子の吉備地方を意味しているとされているのです。
しかし現代の桃ではなかったのですから岡山が主張する桃の産地からは外れてしまいます。またきび団子を吉備だとするのも問題で、植物のキビからつくられているのですから、キビの語源が吉備ではなく黄実(キミ)から来ているので、吉備地方説は当て嵌まらないのです。
また桃も現代のものではなくて、孫悟空が食べたとされる古代の桃があります。蟠桃(ばんどう)といいますが、上から押しつぶしたような円盤状の桃です。
この蟠桃は不老不死の伝説があるのですが、蟠桃園に生えている手前の1,200本 は 3,000年に一度熟し食べると仙人になれる。中間にある1,200本 は 6,000年に一度熟し食べると長生不老になる。奥の1,200本 は 9,000年に一度熟す。食べると天地のあらん限り生き永らえる。とあります。
壮大な内容はさすが中国だとする物語ですが、西遊記では天界で大暴れする孫悟空は不老不死となっているため、制裁が加えられることなく悪さをし続けるのですが、どんなに飛び回っても釈迦如来に手のひらの上だったことを悟る事になります。
西遊記は単なる小説ですが、作者は色々と説はありますが解っていません。大本の話としては650年代から始まるようですが、三蔵法師と猿の物語に整理されるのが1,200年頃ですから、600年も掛かって物語の形態が整っていくことになります。
そういえば西遊記に出てくる三蔵法師ですが、三蔵法師というのは名前ではなくて、三蔵とはサンスクリット語で書かれていたお経を翻訳できる僧を意味し、「経蔵(きょうぞう)」「律蔵(りつぞう)」「論蔵(ろんぞう)」の三つの経典に精通した僧侶として、三蔵と尊敬を込めた敬称となり、1人の人物を特定しているのではないのです。
その三蔵法師のなかに由一日本人が1人だけいたのです。その名を霊仙(りょうせん)といいますが、奈良にある法相宗大本山興福寺で修行をしたとされています。興福寺は国宝の宝庫であの有名な阿修羅像や五重塔などとても有名寺院ですね。
ただ私的には滋賀県にある石山寺と深い関係があったように記憶しているのですが・・・。
ところで蟠桃が日本に輸入されたのが1875年とされていますので、桃太郎物語が出来た時代には、やはり現代に繋がる桃は存在していなかったことになります。実はこの説は滋賀大学の研究論文に載っているのですが、今回この話題を載せるために検索したのですが、上手く見つけることが出来ませんでした。
爺婆が若返って子作りしたけど、性教育がまだまだ取り上げられてない時期ですから、子供用に書き換えられたとの話を知るのも、実は滋賀大学での研究論文を20年ほど昔に読んだからです。
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