両うどんのヘラブナ釣り

ヘラブナ釣りで人生を楽しんでいる日曜釣り師です

ヘラブナ釣りを楽しむ天釣会の記録
及び個人の記録と感想です。

*ブログ内容の二次使用は禁止します*

 ヘラブナ釣り 誕生日に思うこと

管理人

 今日は私の誕生日ですが誕生日を迎えるに当たり色々な思いがよぎります。今年は病気の当たり年でした。元々の持病はあるのですがそれに輪を掛けて患ってしまい、家族の手を借りなければ身動きすら出来ない事も経験しました。実際健康なままで年を取ると思っていたのですがそうも行かない現実を突きつけられました。このあと何回誕生日を迎えることが出来るか、ヘラブナ釣りだっていったい何回釣行出来るのかわかりませんが、充実した1日1日を過ごすようにしたいと思います。


 ここで色々なことを書いてきましたが、ヘラブナ釣りを始めてまだまだ浅いものですからわからないことも多々あります。私の周りには40年50年選手が多数居られますので、ヘラブナ釣りに対する引き出しの多さが全く違っているわけです。私にはわからない事が多いからこその工夫をするのですが、それこそ全く間違った工夫をしている可能性もあります。それでも足掻き続けることで楽しいと思えるのですから、余生をヘラブナに捧げるのもアリなのかも知れません。残り少ないとは思いたくはないですが、明日は我が身であるのも間違いの無い事実です。残りの人生を生き生きとしたままで過ごしたいものです。


 そんな中でもまだまだ新しいヘラ竿も使ってみたいのですが、そろそろ終活も必要とも思いますので、新しい竿を持ったとしても何回使えるだろうなんて寂しい思いも湧いてきますが、収集癖も持ち合わせてしまっている私ですのでついつい手が出てしまいます。


 基本短竿は好きではないので少しでも長竿を使いたいのです。それは長竿の方が釣り味が面白いことに尽きます。単純に数を釣り上げたら良いとは思っていませんので、短竿でポンポンと数多く釣り上げたとしても、何となく漁のようで趣味の世界である面白みを感じません。ヘラブナにとっては命がけではあるのですがせっかく釣れてくれたヘラブナに対しても、釣り上げれば良いなんて感覚は何となく違うような気がしてしまいます。数少ない釣果だとしても長竿でヘラブナの引きを十分に楽しんで釣り上げたいのです。それは竹竿にも通じるものがあって、竹竿はカーボンのように簡単に寄せることは出来ませんしそのような無謀な竿さばきは御法度です。
 本調子の竹竿で少しサイズの良いヘラブナを掛けて、無理に引き寄せようとすると足下に潜られてしまいます。そうなると簡単にタマ入れが出来ませんので、掛けてからゆっくりと溜めることで竹竿の自然な戻りを利用してヘラブナを浮かせ、それからやっと引き寄せるようにすることでスムーズなタマ入れが出来ます。その間のヘラブナの動きを竹竿を通して手の感触として伝わってくるのですが、カーボンにはない柔らかくいなしてくれる様子が感じ取ることが出来ます。竹竿が好きな方はまさにこの部分に尽きるのでしょうか。
 ただそうは言っても竹竿の重さはなかなか辛いものがありますので、竹竿の場合は平均13尺程度が使いやすい範囲でしょうか。短竿で竹竿の良さが感じにくいですし長竿では重さに耐えられなくなります。1日使い続けるには15尺が限界と思うのですが、偶には16尺や17尺を繋いでみたい気もします。勿論そんな場合は1日中竹を振り続けられませんので、同じ尺数でカーボンに切り替える場合も多々あります。その時のカーボンの軽さは例えようのない軽さを実感出来るのですが、長竿による面白さは残りますので楽しさは半減することはないのです。


 ただ冬の黒線程度の小当たりをこまめに合わせるにはやはり竹竿は重すぎますので、しっかりした当たりを待ってしまいます。そうなると数は稼げませんので竹竿の魅力と数の魅力の狭間で葛藤する事となってしまいますので、結果としてカーボンの登場する回数が増えてしまうのです。まさに小市民的感覚はどうしようもないですよね。


 とはいえ真夏の竹竿も辛いものがありますので、冬期こそ竹竿を使うべきかと思ったりしていますが、次の釣行は多分土曜日に滋賀の清風池に行って、3週目の小大会に向けての予行演習をするつもりですが、清風池の引きの強いヘラブナに対しては竹竿はなかなか辛いものがありますので、やはりカーボンの18尺か19尺の長竿を使ってみたいと思っています。
 長竿で引きの強いヘラブナを掛けるとホント楽しいですよね。それを9尺程度の短竿で掛けるといとも簡単に釣り上げられてしまいます。大会ならまだしも趣味で訪れた日だけでも十分な楽しみの余韻を残したいと思います。


 さぁ来年の誕生日はどんな過ごし方をしているでしょう。同じようなことにぼやいているのか、それとも・・・・元気でいたいものですね。
 これからも拙いブログですが宜しくお願いします。

ヘラブナ釣り愛好会 天釣会

 ヘラブナ釣り プロ釣り師の悲哀

管理人

 釣り業界だけに留まることなく、あるメーカーの商品開発に意見を述べる人や、ある部分では広告塔の役割を果たす人達がいます。
 メーカー側からにすれば、その業界で名の通った人物からの推薦文はとても良いコマーシャルメッセージとなります。それは至極当たり前のことで誰も知らない無名の人達の意見など参考にしたくもないはずです。まぁ一部の通販などでは、素人の使用感想を個人の意見との但し書きをして、あたかも効能があるような言葉を羅列して、素人を信用させるようなことがまかり通っています。


 それがその道のプロだとすると、仮に医者が推薦しているから身体に良いに違いないと思わせるのと同じように、ヘラブナ釣り業界(そんなものがあるとするならですが)では名の通ったトーナメンターが、あるメーカーのテスターを兼ねていて、その有名なトーナメンターやインストラクターにあるヘラ竿が如何に優秀かを羅列した推薦文を書かせて、そのヘラ竿を買わそうとする行為は、別に批判されるものではないのはわかっているのですが、正直な感想としてそれで良いのだろうかと思ってしまいます。


 当然新しいヘラ竿を欲しいと思うのも、その推薦文に寄るところは大きいでしょうし、記載内容を鵜呑みにして購入を決める釣り師も多いに違いないと思っています。しかしその推薦文には当然のことですが、決して否定的なことや欠点には触れられていないのです。


 バブル華やかしい頃にはグルメブームがやってきていました。未だにその名残があるようで京都のあるお店の夕食は税込み50,000円のお決まりだけです。これにお酒をプラスすると軽く55,000円や60,000円になってしまいますが、1年先までの予約を受け付ける仕組みではあるのですが、現在もなお予約が取れない日々が続いていますので、その価格でも納得してくれるバブリーな人達が未だにいる証拠でしょう。
 ただの1度の夕食の代金が60,000円でも納得出来る人は行けば良いのですが、そのお店で使わている食材は特別高価なものでもなく、ある知り合いの祇園にあるお店の店主の話では、同じ仕入れ先で仕入れている内容も知っているとのこと、どうしてあんなに高価な提供価格になるのかわからないと言われていました。それに一般のスーパーでも食材を仕入れいるようで、スーパーの方が好きに選べるからだとその予約が取れない店主は言っていましたが、好きに選べたとしてもスタート段階でスーパーで扱う商品ではないかと、個人的には思ってしまいますが、人が下す良い評価が評判を呼び自分で判断する能力を失ってしまった結果、今でもそのお店は続けられているのではないかと、60,000円も出して行けない自分を慰めているのであります(笑)。
 でもね60,000円だとそこそこ良いヘラ竿を買えるんですよ。それを1食に使って翌日は排泄しているだけなんて・・・ねぇ。


 京都にはミOoラOガOドで星を沢山貰っているお店が多数あります。どこがどうとは言いませんが。私の周りの人達には否定的なお店が多いのも間違いなく、それは自分の舌で判断した結果であって、ガイドに書かれているような褒め言葉には左右されないためでしょう。そうそう知り合いの割烹の店主は、マスコミの取材時には原価を無視した食材を使っているそうですから、そりゃあ美味しそうにも見えることでしょう。また本屋さんでもレストランのガイドブックも多数ありますが、当然批判的な文言はどこにも見当たりません。


 最近でこそいわれなくなった言葉に、「鍋釜記者」との表現があります。政治記者がトップに君臨して経済記者・文化記者・スポーツ記者そして食を扱う鍋釜記者の職種がありました。今ではデジタル記者なる記者も存在しています。
 マスメディアの記者は政治記者こそ国家に対する番人の役割を担っているとの自負があり、経済記者も不正に対する番人的役割もあるでしょう。しかし鍋釜記者は決してあの店は不味いとは書かないのです。それこそ味の評価は主観的なものでしかありませんので、私は不味いと思ったとしても他の人は美味しいと思う可能性がありますので、一方的な評価は書けないので、結果的に褒め言葉しか羅列出来なくなってしまいます。


 別に釣具メーカーのお抱えテスターも同じだとは言いませんが、決してこの竿は駄目だとは言えないのです。勿論発売前に駄目なところは改善されているはずですから、否定的な評価にはならないのかも知れませんが、少しでも良いところがあればそれを取り上げて、味のある竿だとか良くわからない苦肉の表現を使って誤魔化しているようです。それでもこの竿よりあの竿の方が使いやすい評価はあるはずですが、そんな事は口が裂けても言えないでしょう。
 そんな褒め言葉の羅列の中から、自分が求めている部分に合致したところがあれば、その竿を求める意味があると思いますが、漠然と新製品だから買いたいと思うことは、まさに衝動買いと同じで買ってから失敗した!ってことになりかねません。


 あるテスターさんは、今ではオールマイティーの竿を選ぶのではなく、「タナでサオの長さを選ぶのではなく、欲しい性能でサオを選ぶ時代。1本でなんでもこなすのではなく、特性を活かしたサオ選びができる。」となかなか苦しい推薦文を書かれています。
 仮にそうだするのならば、単に硬調は釣り堀の大助用とか野池の乗っ込み用との区分けではなくて、どんな釣り方にはこの竿が適しているとの推薦文を書いて貰えると、私のような素人釣り師には竿選びに迷うことはないのです。


 浅棚専用竿、チョウチン専用竿、団子用竿にうどん用竿なんて区分けされていると、甚だ簡単に竿選びができるのですが、それではメーカーとしては数多く買って貰う事が出来ませんので、こんな要望が届くはずはないのですが、メーカーのお抱えとなってしまった結果、好きなことも言えなくなっている事に少しの同情を感じつつも、無料で試供品の提供を受けたり、お抱えによる収入を得ているプロなのですから、その対価と引き替えに褒め言葉の羅列をする辛さはたいしたことはないのでしょう。


 しかし気楽に好きなことが言えるって幸せですよねぇ。自由主義のなせる技でしょうが、その恩恵を受けながらこれからも的外れなことを大いに語っては自己満足していくことにしましょう(笑)。
 でもね新製品が出るとどんな調子だろうと気になるんですよねぇ(笑)

ヘラブナ釣り愛好会 天釣会

 ヘラブナ釣り 釣り堀でのルール違反

管理人

 いつからルールが決まったのかは知りませんが、野池ならまだ見ぬふりをして貰える釣り方が管理池や釣り堀では御法度な釣り方があります。


 まず始めに誰でも知っていて、尚かつ釣り場で禁止として上げられている釣り方としては、ルンペン釣り・前落とし、つまり桟橋の下や岸際に寄っているヘラブナを狙った釣り方です。
 座って足下を見る姿は、物乞いをしているルンペンの姿に似ているとして、前落としの釣り方をルンペン釣りと言われるようになりました。
 同じような釣り方として、黒鯛釣りなどでは堤防のヘチを釣る「落とし込み釣り」ってあるんですが、堤防の直ぐ傍をイガイやカニの餌で落とし込むのですが、糸の沈下速度で当たりを取るので慣れないとそれなりに難しい釣りです。ただそこに黒鯛が居るからこそ釣れる釣り方ですから理にかなっているはずですが、ヘラブナの釣り堀では禁止されています。


 この釣り方はホントに良く釣れる、え?何で知っているって?そんなの経験しているに決まっているじゃないですか(笑)。勿論そんなことは続けていたりしませんが、長尺で釣れなくなると、短竿に変えたくなるのはそんなところも影響しているのかも知れませんね。
 ヘチが良く釣れることを知っている釣り師は、その池の周辺部である隅も足下と同じ理屈になりますのでヘチに座ったりするようですが、後ろめたい釣り方として隅の釣り座には座らないようにしています。別にヘチの釣り座は禁止されているわけではありませんので、恥ずかしくなければ堂々と座ればいいわけです。ただ大会などでは空き席としています。
 池によってはそんな隅には入れないように枠を設けている場合がありますが、そんなとこに入るなんて!なんて言われてしまいますので、入らないようにしていますが・・・正直いって爆釣してみたい気もしますね(笑)
 まっ短竿を使ったとしても最低限竿先より手前には落とすことは禁止ですから注意しましょう。


 次に針は2本針とのルールもあります。1度試してみるとわかるのですが、1本針はとても良く釣れるのです。これも当然経験した事ですからわかるのですが、終了時間が近づいている段階で、1本の針に何らかのトラブルがあった場合、また付け直すのは面倒だと感じる事があります。そんな時1本針で釣るとあれほど食い渋っていたヘラブナが、ツンと当たりを返していとも簡単に釣れて来るのです。
 といって初めから1本針で同じように釣れるかどうかは試したことがありませんので知りませんが、多分寄せ餌効果を狙った2本針でしょうから、1本だけでは釣りにならない可能性がありますが、ルールとして2本針となっています。
 そういえば、3本針ってのも見たことも聞いたこともないですが、どうして使われないんでしょうね。2本が3本に増えたとしても、簡単に絡む事も無いと思うのですがどうなんでしょうね。
 釣る事を目的にしていながら釣れる方法は禁止されているのですが、確かにスマートな釣りではないのですが、どうして釣り難い形がルールとなっているのでしょう。


 2本針が寄せ餌効果を狙ったものだとして、ヘラブナ釣りではどうして撒き餌禁止なのでしょう。他のあらゆる釣りに於いて撒き餌は極普通のこととなっています。
 川の鯉釣りも撒き餌をしますし、海の魚はルアー釣り以外は撒き餌をします。鮎釣りも子鮎を釣る場合は撒き餌をしますし、渓流魚も釣り堀であれば食いが落ちてから撒き餌を続けることで食い復活しますし、その方法をセンターの職員から指導されます。
 団子餌でも寄るまで何度も餌打ちを繰り返すことで、撒き餌効果を狙ったこととなるはずですが、団子餌を握ってボトンと落とした方が撒き餌効果は高いはずです。
 黒鯛の筏釣りの場合は、餌を混ぜ込んだ団子餌を仕掛けの準備する前に数個落としておいて、撒き餌効果を出すようにしています。
 ヘラブナ釣りではルール違反になっているのはどうしてなんでしょう。確かに宙釣りでは寄せるための層がありますので、団子の撒き餌は効果がないと思いますが、底釣りだとすると底に貯まりますので撒き餌効果があるはずですが、といって池のルールに撒き餌禁止とは書かれていませんので、釣り人同士のルールなのかもしれませんが、他の釣りでは当たり前のことがどうして禁止になってしまったのでしょう。


 自由釣りの場合はどの棚で釣っても良いのですが、底釣りの場合は底に餌が着底してからの当たりを取って釣り上げるのがルールとなっています。
 ただ人間の性といいますか私だけかも知れませんが、浮きが立ちなじむ途中でツンと当たる事があります。その当たりについつい反応してしまうのですが、この当たりは高確率で釣り上げる事が出来るのです。
 いわゆる落ち込み当たりを取ることは基本禁止となっていますが、浮きの当たりを見てしまうとついつい合わせてしまうんですよねぇ。
 落ち込み当たりを取るなってのも良く釣れるからでしょうか。まぁ底釣り限定池なのも何となく理屈がわかりません。その昔のように静かに釣ることが礼儀だとするような、スタイル重視の時代ならまだしも、ヘラブナも大型化され数釣りが良しとする時代になっているのですから、時代の移り変わりと共に釣りタイルも変わって良いような気がします。
 昔のルールを後生大事にしているために、次の世代が入り込む余地がないのかも知れませんね。


 競技会などでは、水没する浮きの使用禁止、自立する浮きも禁止、ドボ宙禁止とかあるようですが、私は全く未経験ですのでどんな釣り方かは知りませんが、禁止事項となっているようです。
 大会や競技会では、厳しいルールがあって良いと思っています。そのルールの中で釣技を競い合いはまさにスポーツフィッシングといえると思います。ただ棚規定や竿の尺数はある程度自由になっていますので、それらも固定した大会にしても良いくらいだと思っています。
 とても厳格なルール内でこそ釣技の差が如実に表れると思うのです。誰しも得意な棚や尺数があると思いますが、得意ではない規定でも臨機応変に対応出来てこそ、上手い人!名人との称号が与えられると思うのですが、私はトーナメントを目指しているわけではありませんのでこれはいい加減な論評ですね(笑)。


 色々な対象魚の中で釣り方のルールがあって、その釣り方は禁止されている釣りって他にあるのでしょうか。
 単純に他人に迷惑を掛けないようにと、密漁、ゴミのポイ捨て、釣り場で大声で話さない、物音を立てない、火気禁止、飲酒禁止、水面に光を当てない、安全確認をする、単独釣行は避ける、地味な服は着ない、禁止区域に入らない、車の止め方に注意する等、人としてのルールはあると思うのですが、良く釣れる方法が禁止されているとの話は聞かないですよね。


 そうそうヘラブナに関しては、返しのある針は禁止、針の号数規定、道糸の号数規定、ハリスの号数規定、餌規定などもありますね。あっ忘れてました遊漁料の支払いは絶対条件です。


 なんやかやと取り上げてみましたが、後は寝浮き・スレ・フカセ等々あるようですから、周りから指摘されて気分悪い思いをしないためにも、ルール違反はしないようにしましょう。


 え?お前もな!って・・・肝に銘じて・・・ハイ

ヘラブナ釣り愛好会 天釣会

 ヘラブナ釣り 釣り方の変遷(浮く餌・沈む餌)

管理人

 ヘラブナ釣りに於いて、新しい釣り方や釣り方の工夫を何かされていますでしょうか。時代と共に釣りも科学なのでしょう、新しい釣り方が考案されていきます。それに連れて見合った釣竿が開発され、その恩恵を現代の釣り人は受けているわけですが、先人の考案した釣り方がいつまでも最良とは限らない証拠かも知れないと、先日釣りのテレビを見ていて感じたのです。


 その昔には黒鯛の磯釣りに良く行っていたのですが、磯釣りは他の釣り方に比べて釣れる地合も短く、特にホームグラウンドであった日本海の小浜では、盛期には夜中の2時から遅くても3時には磯に上がり、懐中電灯の明かりを頼りに仕掛けの準備をして、空が白みだす4時前から電気浮きを着けて釣り出して、すっかり明るくなった8時には道具を仕舞い遅くとも9時には引き上げるようなまさに短期集中型の釣り方だったのです。
 その当時の釣り方は、1号か2号のガイドのある磯竿に道糸もナイロンの2号か3号を巻いたリールを取り付け、1.5号のフロロカーボなのハリスに伊勢尼の9号かチヌ針の4号程度の針で、長い棒浮きを使って3ヒロから4ヒロの間で遊動浮きにして釣っていたものです。
 その当時でも太平洋側では沈み浮きや玉浮きが使われていたのですが、日本海は比較的穏やかな海だったので棒浮きでもとても見やすく、黒鯛もスレていなかったのかも知れませんが、大きな当たりを返してくれていたものです。
 磯際に撒き餌をしてそれに同調させる釣り方が一般的で、如何にその撒き餌の流れに刺し餌を乗せるかも釣り技の1つでした。
 それが現代の新しい磯釣り方は、浮きも見ずに完全フカセの釣り方をするようです。浮きは付いているのですが、それは仕掛けを投げるためのものであり一定以上に刺し餌が沈まないためのもので、磯際ではなくて遠投して釣るのですから、昔の常識は全く通用しません。
 その釣り方自体は随分昔からではあるのですが、ポカン釣りというのがありました。サナギを撒いてその流れの先で黒鯛が水面にまで音を立てるように食い上がるのですが、それに合わせて仕掛けを流して釣る方法はありました。ヘラブナで言うところの上ずり現象ですね。
 現代の釣り方はポカン釣りの延長というよりは船からの釣り方の応用と思われます。船の場合は船上からオキアミを直接撒いて流れ任せるのですが、完全フカセの仕掛けを船尾から流し、撒いたオキアミの流れに同調させる釣り方があるのです。その場合も魚が食いついたら道糸が飛ぶように出て行くのを見て当たりを判断します。それを磯にも応用するようになって、浮きを見ずに糸が走るのを見て当たりを取る釣り方になっているようです。
 そういえば船用の竿も随分と変わってしまって、あんなに極端な曲がり方をして良いのだろうかと、とても軟調な竿を使われていますが、昔を知っている私にはとても違和感のある竿だと思えてしまいますが、その古い考え方が既に時代に乗り遅れているのです。


 また鮎釣りでも8.1mの竿に10m程の長い仕掛けを取り付けて、竿を高く捧げるように持ち上げて、オトリ鮎を流心近くに送り出す操作をしていたのですが、その鮎をポイントへ送り出す操作に腕の差があったわけです。素人ではそうは簡単に送り出すことが出来ず、足下をウロウロとさせていて一向に釣りにならないのです。
 また取り込みには竿を肩に担ぎ、長い道糸を両手の指でつまんでたぐり寄せ、腰に差したタモ網に吊るし上げてタモに落とし込むのが、1つの鮎の友釣りのスタイルとなっていました。
 腰のタモ網も京タモが主流でシルク素材の羽二重で作られていて、水に濡れることで生地が膨張し水漏れしない、それは合理的な道具が使われていました。


 それが今は平均的には9mですが徐々に短くなりつつあるようですが、仕掛けも9.5m程度になりポイントである流心まで空中輸送してポチャンと落とし、鮎が掛かれば抜き上げて空中に直径39㎝もあるタモ網でダイレクトキャッチして取り込むスタイルとなりました。
 風情がなくなったといえばその通りですが、合理的になりオトリ鮎も弱りにくいので主流になっている釣り方です。
 まぁ、今では流心で喧嘩をふっかけるような鮎も減ってしまい、群れで泳いでいる鮎の中を泳がせて、喧嘩ではなくて仲良く泳ぎだした鮎を引っ掛けるような釣り方になっているのは、鮎釣りの楽しみの殆どをスポイルしてしまっているようで、私には出来ない釣り方と思っていますが、数を稼ぐための釣り方なのでしょう。
 正直言いましてその釣り方をしている限り、やはり鮎釣り人口も減って幾日が居ないと思っています。あの豪快な竿をひったくるような当たりを知っている者にとっては、今の釣り方は性に合いません。出来るだけ激流の中に立ち入ってオモリを噛まして無理矢理激流の中を沈めて、豪快な当たりを感じたいと思っていますが、歳と共に難しい釣り方であるのは間違いありません。命をかけてまでの釣りはバカの骨頂ですから、激流は無理だとしても急流で釣りたいものです。


 このように時代と共に釣り方が変化していくのは、既に先人が確立したであろう釣り方には、まだまだ改良の余地が残されている証拠だと思うのですが、ヘラブナ釣りの釣り方は、他のどの対象魚よりも多様な釣り方を既にされていると感じています。でも案外まだまだ見つけられていない釣り方があるのでは無いかと思うことがあります。


 カッツケ・淺棚・深宙・段底・バランスの底と多様な釣り方が既にされていますので、全てが解明されているような気もしなくはないのですが、棚の違いや浮きの違いハリスの長さなど、それこそ無限の組み合わせがあるのですが、その中で何をチョイスするのかは釣り人の好みに時期や場所によるのでしょう。
 その昔のヘラブナは、サイズも小さくて30㎝を超えると大助と言っていたはずです。それ程小さなヘラブナを相手にしていたためか、仕掛けもとても繊細で0.2号通しで針も2号程度でしょうか。浮きも3ミリ程度の棒浮きに髪の毛程のムクトップが突いていました。
 それが今ではハリスも0.5号なんて当たり前でもっと太仕掛けを使われる方もいますし、浮きもパイプトップで浮力のしっかりとしたものが使われています。竿もそれに合わせて腰の強いものに変わっていていますが、最近は柳や玄むくのような軟調系の竿も出させていますので、少しずつ釣り方も変わっているのかも知れません。


 しかしそれ以外にはもう新しい釣り方は残されていないのでしょうか。案外人知れず新しい釣り方を考案されていて、ひとり爆釣を重ねている釣り師が居るのではないかと思ってみたりもするのですが、何となくというか暗黙の了解のように、ヘラブナ釣りでは御法度の釣り方も存在していますので、新しい釣り方を見つけ出すことには繋がらないのかも知れないですね。
 反対に時期によって良く釣れる人や時期によって大助を釣り上げる人は、年中同じような釣り方をされているのかも知れないと思うんです。


 さて、色々な釣り方があったとして、それに見合った餌が使われるはずですが、その餌は浮く餌か沈む餌かをどの程度理解して使われているのでしょう。
 団子餌の中には、少々強く丸めても浮いてしまう餌があります。ポンと池に落とすと水面で浮かび続けその場でバラケだし、塊としては一向に沈まない餌があります。
 また丸め方次第で浮く餌や沈む餌を作ることが出来るものもあります。反対にどんなにソフトに針付けしても沈む餌もあります。


 極々普通には浮く餌は中層の釣り方で使うでしょうし、沈む餌は底で使うのでしょう。それは至極当たり前の話ではあるのですが、実は中層で釣るときには沈む餌、底で釣るときは浮く餌を使う方法があります。
 中層でヘラブナがはしゃいで仕方ないときは、バラケを押さえた底釣り用を試してみると良いと思っています。反対に底釣りでウケが出ても食い当たりに繋がらない場合は、ばらける餌を使うと簡単に食ってくることがあります。
 かといってその餌を使い続けるとバランスを崩してしまいますので、どのように使い分けるかは悩まし所ではあるのですが、餌メーカーのうたい文句に左右されない、釣り人自身の判断で使い分けると面白い釣りが出来ると思っています。


 また両うどんの底釣りではまぶし粉を使うのですが、そのまぶし粉は見た目は同じでも浮く餌と沈む餌があることを案外知られていないようです。
 同じように釣っていてもヘラブナが簡単に上ずってしまうのは、案外浮くペレットを使っている可能性があります。


 元々ペレットは鮒用より鯉用を使われていました。その鯉用のペレットを砕いたいわゆるクランブルと称して、サイズによって3C・4Cとあるのですが、元のペレットが浮くタイプの場合は、砕かれていたとしても簡単に浮いてしまうのです。
 釣り終わってまぶし粉を池の中に捨てて帰る人がいますが、本当はゴミ箱に捨てるのがルールです。その捨てられたまぶし粉を見ていると殆どが水面に浮いているのです。
 当然浮くまぶし粉をうどんに付着させていると、上ずりが増えてしまうのは仕方ないのですが、元々沈むタイプの餌であったとしても、細かく砕くことで表面積が増えてしまい、結果として浮いてしまうまぶし粉になっている場合があります。
 その状態をしっかりと把握して、どの程度のドロを使うべきか、どの程度コロコロで押さえる必要があるのかを、うどんの状態と上ずり方を確認して対応する必要があると思っています。


 その上ずり防止にもキット他の方法があると思っているのですが、一時期ですが若干まぶし粉を湿らせて使っていたことがあります。その方がいち早く沈んでくれると考えたのです。が・・・ 
 湿ったタオル・乾いたタオルの実験を小学生の頃だったでしょうか、そんな実験をした経験は無いでしょうか。タオルをピンと張り上から水を落とすとタオルを通して下に落ちるまでの時間を見る実験ですが、常識的な感覚では乾いたタオルは水を吸水しますので、垂らした水は直ぐに落ちてこないと思うのですが、実は一旦濡らしたタオルは、水を受け止めてしまって落ちてこず、乾いたタオルは素通しで直ぐに水が落ちてしまうのです。


 つまり湿らせたまぶし粉作戦は失敗に終わったのです(笑)。じゃ寄り乾いているほうが良いかとなるのですが、まぶし粉そのものの性質として、乾けば乾いている程うどんに対する付着力が増します。その結果として簡単にうどんから剥がれずに底まで沈んでくれるのです。
 つまり余計なドロやコロコロで押さえる必要もない事になります。


 但し!!うどんにまぶし粉が付着するためには、うどんが濡れている必要があります。濡れているうどんの水分を吸水することで、まぶし粉はうどんに付着する力を得ることになります。実験で乾いたうどんにまぶしてみればわかりますが、全く付着することはないのです。反対に着けすぎたまぶし粉は簡単に剥がれてしまいますので、着けすぎは厳禁となりますので注意が必要です。


 とんかつ屋さんでとんかつを揚げる姿を見たことがないでしょうか。とんかつに小麦粉を付けて、その次には生卵を全体に付け、それからパン粉を付けているはずです。豚肉にはある程度の水分がありますので、小麦粉程度は付着しますがその上からではパン粉が付かないのです。味を良くする理由もあるでしょうが、卵で厚く濡らすことでパン粉のような荒い粒子でも付着させる事が出来ます。
 ただしそのパン粉が付きすぎていると油の中で散ってしまいますので、余分なパン粉をハタいて落としているはずです。
 うどんのまぶし粉も同じ事で、余分に付いているまぶし粉は沈むタイプだとしても、水面で簡単に剥がれてしまいますので注意が必要なんです。ただ人より余計に寄せようとする心理が働き、これでもか!って程にタップリと付けてしまう人がいますか、完全な逆効果になってしまっていると考えます。
 そんな人に限ってじーっと当たりを待っている姿を見受けられますが、それもその方の釣りスタイルだとすると理にかなっているのかも知れません。


 まぶし粉のサイズによっても剥がれる速度の差がありますので、自分はどの程度で当たりが出て欲しいのかも考えながら、付着の仕方やクランブルサイズを決めると面白い釣りが成立すると思います。


 私はいつものようにせっかちですから、うどんから剥がれる時間は少しも待っていられないのです(笑)。この性格から直さなければ良い釣りが出来ないのかも知れないですが、コレばっかりは簡単な事ではないんですよねぇ。
 取り敢えず1分以内に当たりを出す!これに尽きるのですが、水温の低下と共に遅くなってしまいますのでどうしたものでしょう。
 そうそうそんな私ですが、竿を握らずに1分2分浮きの当たりを無視しやおら竿を持ち直して、軽く誘いお掛けてからツンと入る当たりを合わせる釣り方をすることもあります。
 これって高確率で釣れてきますので1度お試しあれ。

ヘラブナ釣り愛好会 天釣会

 淀の釣り天狗池 新ベラ放流は大助か

管理人

 今年も新ベラが入るそうですが、それもある程度大きなサイズを主体となるそうですが、一昨年に小型主体で大量放流をしてしまったがために、数は上がるのですが大助の割合が減ってきているような印象があります。


 私達の天釣会での大会成績も、7月以降徐々に小型化しているようで、それまでの優勝者の成績は3枚長寸で115㎝程度でした。平均サイズは38㎝を超えていることになるのですが、7月以降は平均サイズが35㎝程度に落ちてしまいました。
 大会の記録だけでなく淀の釣り天狗池は、大助が良く出る池として名を馳せていましたが、最近は見る影もないといえば言いすぎですが、大助のチャンスが減ってしまった印象があります。


 確かに日曜日の大会でも40㎝オーバーの大助が出ることはあるのですが、その枚数が極端に減っている印象です。最近は水温も下がり出しましたので、大助も多く釣られるようにはなり何枚も釣り上げる猛者も登場するのですから、私が釣れないだけかも知れませんね。


 いつのことになるのかまだわかっていませんが、大助主体に新ベラが放流されるとのことですから、それにつられて旧ベラの大助も動き出してくれると、大助の確率も上がりますので、またまた楽しい釣りが成立すると思うのです。


 新ベラが大助主体だとするとその引きは強烈になる事請け合いです。そうなると冬期に合わせて道糸やハリスを細くしていくはずですから、突進には耐えられない可能性があります。冬用の仕掛けでは耐えられないとするならば、またまた盛期の仕掛けが再登場することになるのですが、新ベラが相手をしてくれない場合は痛い目に遭ってしまいます。


 仕掛けを冬季用にするかどうかなかなか悩ましいことですよねぇ。何をして良いかわからなくなってしまいますが(笑)。そんな悩みもまた楽しいとするなら、そこら中でハリスが飛んだ!って声が聞こえるかも知れません。
 その声を尻目に黙々と釣り上げる事が出来たとすると、してやったりって事になるのですが、そうは行かないのもまたヘラブナ釣りですよねぇ。


 ただ思うのですが、新ベラ釣りはパチンコの新装開店と同じでとても釣りやすく、その釣りやすさを喜ぶべきかどうかは何となくしっくりこないのです。
 鮎も解禁日は縄張りを持った鮎が多くいますので面白いように釣れるのですが、その鮎を狙って前夜から場所取りをしては、釣り人同士で小競り合いが起きたりしています。私は解禁日の鮎釣りは鮎釣りを始めた頃の1度しか経験ないのですが、前夜から場所取りして薄明かりの中で釣り開始ですが、一人一人の間隔はとても狭くて竿1本分の距離も空いてない程でした。それ以降は決して解禁日には行かないようにしています。釣行した場合でも朝早くではなくて、昼頃にゆっくりと到着するようにしています。殺気だった釣り人がそろそろ沈静化し場所取り組も引き上げ、穏やかな雰囲気になってからやおら竿を出しても今日食べる量程度は釣れてくれるのですから、何も先を争って釣る程でもないと思うのです。
 渓流魚の解禁日も似たような現象で、我先にと川に入ってまだ恐れの知らない渓流魚を、食べきれない程の量を釣り上げては喜んでいる姿を見ると、何となく浅ましいというか人の裏側を見た気がして気分が良くないのです。


 釣られた恐怖を知らない新ベラを相手にすることで、容易く釣れるのと同時に数も上がるでしょう。苦労して苦労して釣っていたことが嘘のように釣れてくれるのですが、ある部分ではそれ程悩むことなく釣れますので、ヘラブナのもう一つの楽しみ方であるはずの難しさが影を潜めてしまうので、考え方ではあるのですが楽しみも半減してしまわないでしょうか。
 勿論新ベラ相手だからといって、漫然とした釣り方をしていると案外釣れないかも知れません。新ベラ特有のややこしい当たりが多く出ますので、それを見定める目は必要なわけです。
 いつもと同じような綺麗なツン当たりを待っていると、新ベラといえどもそれ程の数は釣り上げられませんので、それはそれで難しさはあるのでしょう。私的には毎回50枚が1つの目標ですが、新ベラが入って暫くは50枚は最低ラインとなるのではないでしょうか。調子良く釣れると両うどんの底釣りだとしても、70枚80枚の声が聞こえてきます。


 量を釣り上げて高揚した気分になるのもこの時期だけだとすると、堅苦しいことを言わずに釣れてくれるヘラブナに感謝すべきなのかも知れませんが、何となくしっくりこないのは私のわがままでしょうか。


 いずれにしましても新ベラ相手はヘラブナ釣り師のお祭りでもあるわけですから、新ベラ放流の情報が出ましたら知らせ致します。


 乞うご期待!

ヘラブナ釣り愛好会 天釣会