両うどんのヘラブナ釣り

ヘラブナ釣りで人生を楽しんでいる日曜釣り師です

常時50枚の釣果と大助を釣り上げるために

 ヘラブナ釣り 雨にも負けず 風にも負けず

 雨にも負けず 風にも負けず は宮沢賢治の詩「雨にも負けず」の冒頭の一文です。


 この雨にも負けずの冒頭の一文を読むことで、風雨に負けない強い男になりたいと解釈している方が多いのですが、この詩の主題となるところは全く別のところにあるのです。その話は後記するとして、ヘラブナ釣り師は風雨に負けないのは当たり前のことで、パラソルやテントを出して風雨だけでなく寒さ対策をしていますが、なんとしてでもヘラブナ釣りをしたいとの思を実現されています。


 そこまでして釣りをしたいのかと釣りをしない方には呆れられているのですが、野釣りは別としても釣り堀でのヘラブナ釣りは、他の釣りに比べて安全な釣りですから、台風でもない限り少々の悪天候でも釣行されると思うのですが、その季節に合った対応をしてなんとか釣果を得ようとするのは、なかなか強い人間に思えてきます。ただの酔狂人とも言える行動には狂気がはらんでいると思うのですが如何でしょう。


 さて雨にも負けずは継ぎのような全文となりますので、先ずは全文を読んでみてください。


「雨にも負けず」 宮沢賢治
 
雨にも負けず
風にも負けず
雪にも夏の暑さにも負けぬ
丈夫なからだを持ち
欲は無く
決して瞋からず
何時も静かに笑っている
 
一日に玄米四合と
味噌と少しの野菜を食べ
あらゆる事を自分を勘定に入れずに
良く見聞きし判り
そして忘れず
 
野原の松の林の影の
小さな萱葺きの小屋に居て
東に病気の子供あれば 行って看病してやり
西に疲れた母あれば 行ってその稲の束を背負い
南に死にそうな人あれば 行って怖がらなくても良いと言い
北に喧嘩や訴訟があれば つまらないからやめろと言い
 
日照りのときは涙を流し
寒さの夏はオロオロ歩き
皆にデクノボーと呼ばれ
誉められもせず苦にもされず
そういう者に
私はなりたい


 この詩にはモデルがありました。それが岩手県花巻の小学校の教師をしていた斉藤宗次郎氏です。彼はクリスチャンですが当時のキリスト教は迫害の対象であり、当然クリスチャンとなった斉藤宗次郎氏は強い迫害に遭います。キリスト教がまだ「耶蘇教」(やそ)とし国賊扱い呆けます。
 結果として教師の職も追いやられてしまうのですが、迫害はエスカレートして斉藤紙の9歳の娘に対して耶蘇の子と腹を蹴られてしまいます。それが原因で腹膜炎を起こしその子は死亡してしまうのです。
 ところが斉藤氏はその迫害を受けている地を離れることなく、牛乳配達や新聞配達などをしてその地に留まります。その後も神に感謝をしながら冬に雪が積もると小学校への通学路の雪かきをし、それこそ雨が降ろうが雪が降ろうが地域の人々のために働き続けるのです。


 こんな生活を20年も続けていたのですが旅立つ日がやってきました。その旅立ちする駅に今まで迫害をしていた人たち、町長や教師など町中の人々が見送りに来ていたのです。その中に宮沢賢治がいたとされていますが定かではありません。


 この詩の主題は実は雨にも負けず風にも負けぬ強い男になりたいと言っているのではなく、後半の周辺に居る苦しんでいる人々に対して慰め諫め、愛溢れる人になりたいと言っているのです。


 ん?ヘラブナ釣りと何の関係があるのかですか? それはも釣りをしない人から見ると、風雨に負けないだけのデクノボーに見える存在だと思いませんか。梅雨の時期にも拘わらず風雨の中を相変わらずヘラブナを追いかけて釣りへと行くのですから、呆れた目で見られていることでしょう。


 同好の士以外の人たちに理解を求めることは難しく、同じ釣り仲間であったとしてもヘラブナ釣りが理解されるかは、甚だ難しく釣具メーカでさえ閑職扱いではないだろうかと思えてしまいます。


 また過去の輝かしい時代のように、ヘラブナ釣りは日の目を見る事が出来るのでしょうか。